ぼくの人生のもやもやの正体




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やりたいことが見つかんないって言うけども、当たり前じゃないですかね。やってみてでしょ、これ。無駄なことばっかやってた方がいいです。
タモリ

Xin chao!!!!!HOCです。

今回は自分の悩みを書いて発散するだけの記事です。

忙しい方はどうぞ読み飛ばして下さい。

そう、これはHOCの人生のもやもやの物語

 

中学生時代

思えば中学生のとき、部活をやってたときだけはそれほどもやもやしてなかったのかなと思います。

部活を頑張って、欲しいゲームの発売日をドキドキしながら待って、恋愛にも一生懸命な生活。

甘酸っぱい時代。青春っていいもんですねー。

数字で表すと20もやもやー

 

高校生時代

高校のときはほとんど学校にも行かず、麻雀ばっかりやっていました。

当時、田舎の高校生にしては珍しく、麻雀のメカニズムやセオリーなんかを研究してましたので向かうところ敵なしでした。

リアルアカギ状態です。

他校の生徒がHOC最強の噂を嗅ぎつけてきて対戦依頼をされたり。

周りがあまりに理のない打ち方をするので、大人に混ざって打ってました。

 

この生活は自分でも良くないと分かっていながら他にすることを見つけ出せず、ずっとだらだらしていました。

心の中は当然もやもやです。

我ながらクソですね。

このときは80もやもやー

 

大学生時代

3年間勉強しなかった私でも運よく大学に進学できました。

しかし、ここでもただ目的もなく、パチンコやゲームにはまり4年間を無駄にしました。

 

友達と朝までカルドセプト、ファイプロ、サカつく、ウイイレ、バイオをやり、起きたらパチンコに行くという生活。

 

ガチンコファイトクラブを見た後テンション上がりまくって夜中のロードワークに出てたのは良い思い出です。

友達といるのは楽しかったですが、どこにも向かっていないという不安は常にあり、この時ももやもやしていました。

本当にダメ人間。あったのは若さだけ。恥ずかしい。

100もやもやー

 

ニート時代

大学の4年間遊び続けた僕は就職活動もせずに3年間実家で暮らしました。

ニートってやつですね。

バイトもほとんど長続きせず、毎日パチンコスロット。

 

月5万の貯金と親への3万円の生活費、遊ぶお金はパチンコスロットで十分稼げました。

下手に稼げたおかげで、このままパチンコで食べていけるかもなんて思いもよぎりったほどです。

 

車を持ってる友達も増え始め、心霊スポットにも行きまくりました。

遊んでるときも未来が不安でもやもやもやもや。。

借金とかしなかっただけでラッキーです。

でもほんとクソですね。

120もやもや。もやもやの限界突破。

 

社会人時代

25歳の時、ハローワークで見つけた眼鏡屋さんに就職します。

さすがにこのままじゃいけないと思ったのです。

 

しかし、半年で挫折。

そのときの手取りは20万を切っていて、店長の給料もたった23万。

続ける意味を全く感じられずリタイアしました。

まだもやもやは続きます。

 

このころは

「僕の人生こんなはずじゃない。」

「どうすれば稼げるようになるんだろう。」

「天職はどう見つけるんだろう。」

なんてずっと考えていました。

 

グルグル同じことを考えてるだけでほとんど行動していなかった自分が恥ずかしい。

働いてるだけましとも言えますが、完全にどうしていいかわからない状態。

120もやもやー

 

とりあえずもやもやからの脱出

足りない頭で考えた結果、一つの結論が出ました。

「とりあえず公務員だ!月収30万取るのにはそれしかない。」

そんな不純な動機で受けた公務員試験にあっさりパス。

ここから9年間に及ぶ公務員生活が始まりました。

 

この組織には感謝しています。

一時とはいえもやもやから解放してくれました。

警察学校では軟弱なメンタルと体を鍛えられ、厳しい上下関係の中で礼節を知り、何よりもこの職業の中でベトナム語と出会いました。

 

しかしながら、僕の根本的なもやもやは消えません。

何度も結婚するチャンスがありながら

「これで結婚したら絶対公務員辞めれなくなる。」

と考えてしまい、結婚に躊躇していました。

 

世間では安息の地と言われる公務員になっても

「何かが違う。。。」

という思いは消えませんでした。

なぜ、ぼくは公務員に満足して、サクッと結婚してっていう周りの人のような行動ができないのでしょう。

自分でもわからない。

 

さようなら、もやもや

そして、今僕はベトナムにいます。

35歳。知り合いもほとんどいないベトナムに一人で突っ込む。

日本人の友達を一人も作らず、日々、孤独との闘い。

そして一年間、正真正銘、自分と向き合い続けた結果、現在は、少しもやもやと距離を置くことができたかもしれません。

 

どういう人生であっても人は必ず死にます。

その過程の「まあ色々あったよね」的な部分を作ることが生きているということなのだとしたら

もやもやを抱えたまま生きるのも良し、もやもやを振り払うために生きるのも良し

そんなのはどっちでもいいんだと振り切れました。

以外にも答えは単純でした。

HOC
どう生きても人生は一度だけ。

もやもやを振り払うのに人生の半分も使ってしまいましたが、それも人生。

僕はただもやもやを振り払おうと抗う人生を自分で選んだだけということだと思います。

別にもやもやと共存したっていいんです。いいんです。

 

最後、死ぬとき「まあやりたいことはやった。」なんて笑って死ねれば幸せです。

でわでわ。

 

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