高校生のとき不登校になった3つの理由




Xin Chao!!HOCです。

実はぼく高校にあんまり行っていません。

何とか卒業はさせてもらいましたが、暗黒の高校3年間を過ごしました。

今回はぼくが不登校になった理由を書いていきます。

 

とにかく高校がつまらなかった

「熊谷西高校」の画像検索結果

高校が面白かった記憶がありません。

別に友達ができなかったわけでもなかったのですが

なんか冷めてました。

 

始めは頑張ったんですよ。

中学からの流れでサッカー部に入って、朝練も休まずに行き

早々に先輩のチームで試合に出られるようになりました。

でも、なんか燃えられなかったのです。

 

人のせいにするわけではありませんが

負けても笑ってるとか、一生懸命がカッコ悪いからほどほどにみたいな

チャラついたサッカーになじめませんでした。

 

その後は体育際とか文化祭とかイベントには基本的に不参加で

やる気あるグループからは相当ブーイングを受けたこともあります。

元気なのに不参加な訳ですので、クラスの人の理解は全く得られません。

そりゃそうですよね。

「今回の体育際は頑張ろうね」なんていう雰囲気の中で練習にも参加せず

当日もバックレるという・・

 

いじめも受けましたが(無視とか)もともと高校を大事に思ってなかったので

どうでもいいというか全く悩みませんでした。

 

なんでそんなに高校がつまらなかったのか。

どの理由も後付けっぽくて、本当の理由というのは今でもよくわかりません。

 

村上春樹的に言えば

そうする以外にぼくがこの世界を生きのびていく道はなかった

というところでしょうか。

 

麻雀にハマった

「麻雀」の画像検索結果

不登校を繰り返す中、唯一の趣味は

麻雀

でした。

 

同校の麻雀友達、地元の麻雀友達、他校の生徒

誰にでも呼ばれれば参加していました。

みんな遊びで麻雀をしている中で、ぼくは

井出 洋介の東大式麻雀

という本を熟読し、麻雀の理屈を研究しながらやっていたので

向かうところ敵なしでした。

 

最終的に、高校生の遊び麻雀ではもの足りなくなり

大人に混ざったり、6個上の兄のグループのメンツに入ったりしていました。

 

高校時代は麻雀よりおもしろいものを見つけることができなかったのです。

 

目標がない

「目標」の画像検索結果

中学のころは

サッカー県大会に出る

いい成績を取る

といった目標がありました。

ものすごくありふれた、なんてことのない目標。

でもそれが世界のすべてでした。

 

でも、高校に入ってからはそれらがすべて消えてしまった。

無目的。無目標。

生きているから仕方なく生きる。

本当にそんな日々でした。

 

親がうるさいので制服を着て登校したふりはしていました。

そのあとは学校の近くの公民館の屋上に行って、不良仲間とタバコを吸ってるとか

親が出勤するのを待って家に帰って寝てるとか堕落した日々。

 

掛け麻雀をしていたのでお金は持っていたため、バイトも長く続かない。

 

だから思うのです。

月並みですが、目標や夢ってやっぱり大事。

それがあることによって死ぬほど苦しむこともあると思う。

人は希望を与えられ、それを燃料とし、目的として人生を生きる。

希望なしに人が生き続けることはできない。

しかしそれはコイン投げと同じだ。表側が出るか 裏側が出るか、コインが落ちてくるまではわからない。

村上春樹の表現がしっくりきます。

 

ぼくは希望を持った結果、コインの裏が出ても構わないと思っています。

そういう死に方で構わない。

 

大事なことはまず希望を持ってコインを投げること。

結果がボロボロでも、高校生時代のように無機質な人生よりはずっといい。

 

この後、大学も不登校、ニートと暗黒時代は続きます。

こんなしょーもない人生から

よく社会復帰できたなと思いますねw

 

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