シンチャオ!こんにちは。ベトナム移住HOCです。
ふと、日本の自殺率を調べてみた。
すると驚愕の事実が明らかに・・・
自殺率100年前と変わってねぇ・・・
自殺率は為替のドル円チャートに似てて
一定の範囲を上がったり下がったりしてるだけ。
文明が発達して生活が便利になったはずなのなぜ??
今回は自殺について語りたいわけではなく
「自分の人生を生きる」のは辛いよねって話です。
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生きることが辛くなったらこう考える
突然ですがこれはベトナムのピカチュウです。
別にふざけてるわけではなくこれはベトナムのピカチュウなんです。
何が言いたいかと言うと
全ては気持ちの持ち方次第
だということ。
国が変わればピカチュウも変わる。
国が変われば幸せの定義も変わる。
たった一つの国の幸せの定義に依存する必要は全くない。
今、辛いと感じているのは、おそらく
日本の幸せの定義に依存してしまっているからです。
不便でも便利でも、それを楽しむ心を持つ限り幸せはそこにあって
生きてるだけで幸せだと本気で思えたなら
自分の人生を生きることも簡単で
自殺する必要もない。
もしも何が起こっても
「ALL IZ WELL(きっとうまくいく)!!」
と言えるならその人は最強です。
どんなことが起こってもどんな行動をしても幸せです。
こういうことを言うと
「でも生きているだけで幸せって思うことが難しい」
「くたばれHOC」
っていう人が必ず出てくる。
価値観を変えたり
心の在り方を変えるのは一朝一夕ではいかない。
長い間刷り込まれた思想を変えようとするのだから
当然と言えば当然です。
でも方法はあります。
ガチガチの公務員だったぼくが
ベトナム移住をして
人に裏切られ
無職になっても
「し、幸せなんだなぁ」と
山下清ばりに言えてるのが証拠です。
生きることが辛くなったら
人間万事塞翁が馬
禍を転じて福と為す
失敗は成功のもと
的思考をしてください。
ある出来事を不幸だとする必然性はどこにもありません。
手前味噌ですがボクの記事も参考にして下さい!
アファメーションで起こるポジティブな変化【人生を変える方法】
【マインドセットで人生が変わる】人生にはマインドセットより重要なことはない
生きることが難しい理由
なぜに生きることが難しくなってしまったのか。
その理由を考察します。
ボクが生まれてから生活はどんどん便利になっています。
ボクが生まれたときは携帯電話もなかったし
パソコンも超高級品だった。
素晴らしい進化。
原始時代はパンツ一丁で石や木の棒を持って
動物をシバきまわるだけで一日が終わっていたのだと思うと
感慨深いものがあります。
そもそも何のために文明を発展させるかと言えば
人間の生活をより豊かに幸せにするためだったはず。
しかし、今では「AIが人間の仕事を奪う」なんて言われている。
人間はどこに向かっているのだろう・・・w
確かに生活は便利になった。
洗濯も食器洗いも自動でしてくれるし
ネットで世界と一瞬で繋がることができる。
でも生活が便利になったのとは関係なく
相変わらず日本人は自殺しまくっています。
これって
「自分の人生を生きる」
のがいかに難しいかってことを表していると思うのです。
だって生きるだけなら
飯食って寝てればいいんだもの。
昔の人はそれすら難しかったけど
現代社会なら簡単やで。
でも「生きる」ことに「自分の人生を」って言葉を足すと
「蚊トンボ」が「獅子」に変わる。
難易度が跳ね上がる。
その難易度の高さで自殺する人まででてくる。
病気で余命宣告でもされない限り
「生きていればいい」
ってなかなか思えない世の中になってしまった。
しかしながら、自分自身で人生の難易度を上げる必要性も全くないのです。
お金の話で言うと
別に車がなくても、部屋が多少狭くても問題なく生きていけるはずです。
youtubeを見たり、人のブログを見たりするのは無料です。
映画館に行かなくても映画を見ることができます。
何が言いたいかというと
ストレスをためてまでお金を稼ぐかどうかはあなたが決めていいといことです。
卵かけご飯がおいしく感じるなら無理して高いお金を支払って外食しなくてもいいわけで
それだけでも生活コストはグッと下がります。
映画館で映画を見ずにyoutubeを見れば無料ですむし
プレステ4を買わなくても携帯の無料ゲームで遊べばいいんです。
もし仕事で消耗していることが理由であれば
本当にその職場でそこまでして稼がなくてはいけないのか
一歩引いてもう一度考えてみて下さい。
生きること自体辛いという幻想
文明が発達する前は
体の調子がいいこと、川のせせらぎ、虫の声
ちょっとしたことでも幸せに思えた。
今はちょっとした体の不調ですら受入れられない。
健康でないと気が済まない状態。
50年生きれれば満足だった時代もあった。
今は50歳で死ねば「早すぎる死」なんて言われて不幸者扱い。
生きることが辛いことの正体はここにあると思う。
つまり生き方自体が
時代や環境に左右されてる
ってことです。
貧しい国には貧しい国なりの生き方や幸せがあります。
何も考えなければ、知らず知らずのうちに
幸せの尺度は何かに依存したものになってしまいます。
ボクもベトナムに住んで2年。
日本式の生き方とはだいぶ変わってきました。
ベトナム人がなぜに日本人よりも幸せそうなのかって
過去記事で散々書きましが
日本人の幸せ論はベトナム人には通用しません。
ベトナム人幸せ考察記事
平均寿命は日本より10歳くらいは低いし
月収も3万円くらい。
普通に考えたら日本人より不幸なはず。
でも実際はそんなことは全然ありません。
そもそも幸せを計る尺度が全く違う。
最初に書いた通り
全ては気持ちの持ち方次第
やっぱりそこに行き着きます。
人間は前から人間だったわけで
変わったのは環境のほうです。
孤独に耐える方法
生きるのが辛いと感じる理由の一つに孤独が辛いという方がいるかもしれません。
ボクは独身で35歳のときに単身ベトナム移住しました。
当然最初は友達もいません。
周りはベトナム人だけ。
他の人からみたら
「よくそんな孤独に耐えられるな」
と言われそうですが、その状況をどう感じるかは、やはり
全ては気持ちの持ち方次第
だと思います。
ぼくは「ストレングス・ファインダー」の診断(自分の資質を判定できる本)によると
「内省」
という能力がトップにきます。
孤独を楽しむ力の著書、午堂さんは「内省」を
自分の価値観を受け入れ
それをベースに経験を振り返って分析し
思考体系と行動体系を軌道修正し自らを成長させていく、高度に知的な作業
と説明しています。
つまり、自分の頭の中で物事を考えるのが好きなので一人の時間は必須なのです。
逆に一人の時間が少なければボクの資質である「内省」を上手く活かせていないことになります。
一人でいる時間を「孤独」とみるのか
「内省」による自己成長のための時間とみるのか
同じことでも解釈の仕方で気持ちのあり方は大きく変わります。
もしも、あなたが孤独だと感じているなら
いっそのことその時間を
自分をパワーアップさせるための幸せな時間
と考えてみたらどうでしょう。
孤独を感じるということは一人の時間が多いはずです。
ボクからすればその時間は自由に使っても誰にも何も言われないゴールデンタイムです。
もしも、あなたが
「お金がない」
「時間はあるけど孤独だ」
なんて感じているなら相当なチャンスだと思います。
その時間で、ボクのようにベトナム語を勉強してもいいですが
もっと簡単なのは「プログラミングスキル」を身につけることです。
もし、「プログラミングスキル」があれば
ボクが住むベトナムでは超快適に暮らせます。
求人でプログラマー、エンジニアを見かけない日はありませんし
VISAさえとってしまえばフリーで稼ぐこともできます。
今はランサーズやクラウドワークスというサイトから個人でも簡単に仕事を受注できるからです。
ベトナムでは10万円で充分生活できます。
それに対して「プログラミングスキル」で20万稼げれば
多くの悩みから解放されるはずです。
いきなりベトナムというのは少し難しいかもしれませんが
一人で稼ぐ力をつければ有利なのは日本でも変わりません。
TechAcademy [テックアカデミー]は
最短4週間で未経験からプロを育てるオンライン完結のスクールです。
簡単に申し込めて無料体験もできるのでおすすめです。
もやもやして何かを変えたいと思う人はぜひ。
終わりに
そもそも楽しいこと幸せなことだけを繋いで死ぬまでハッピーって
可能ですか?
ボクは不可能だと思う。
人生の中に辛い時期はあって当然。
辛い時期であっても
「きっとうまくいく!」
と頑張るのが人間賛歌!
辛いことがなにもありませんという生き方では
幸せがあっても気付くことができない。
何か物足りない。
Mなのかしら・・w
それなのにInstagram・Twitter・Facebookでは
胡散臭い幸せ話ばかり流れてくる。
「楽して100万稼げる!!」
「毎日が幸せ!!」
全部が嘘だとも思わないけど
それって都合いい面しか見せてないだけですよね。
うがった見方をすれば
本当に毎日が幸せなら別に人に発信なんかしないと思う。
何かが足りないから共感を得ようと発信してるわけで。
人の幸せなんて実態のないものと自分の人生を比べて
鬱になるならその考え方は一切採用しないほうがいい。
どの考え方を採用するかは自分の自由なわけで
わざわざ自分が不幸になる考え方を採用する必要はありません。
人と比べて
「よし自分も頑張るぞ!」
って思えるときだけ人と比べます。
あるときは人と比べる。
あるときは人と比べない。
それでいいと思っています。
日本人はそういう矛盾に厳しいですが
ぼくはもうベトナムにいるので関係ありませんw
ぼくは矛盾を許します。
なので人の意見のいいとこ取りができます。
世の中のことは全て
「色即是空」
決まった形なんてありません。
楽に生きましょう。
それがが今回の結論です。