どんな愚か者でも他人の短所を指摘することができる。そして愚か者がそれをする。




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どんな愚かな者でも、他人の短所を指摘できる。
そして、たいていの愚かな者が、それをやりたがる。
- ベンジャミン・フランクリン -

しんちゃお!HOCです。

このベンジャミン・フランクリン氏の言葉は本当に名言ですね。

僕は短所を指摘するのとアドバイスをするというには天と地ほどの違いがあると思っています。

人は他人を完全に理解することはできない。

その前提に立つと、短所を指摘するというのは意味があるとは思えません。

だって自分の短所なんて自分が一番理解してるんだもの。

それをドヤ顔で他人様から言われたりしたら、絶対気持ち良くない。

少なくとも僕は。

 

一方、アドバイスというのは助言だと思っています。

アドバイスとは人を「助ける言葉」

「この仕事はこうだからこうしたほうが効率いいよ。」

的なもの。

 

よく本に短所を指摘されたとき、自分の悪いところを指摘してくれた相手に感謝しなさいとかってあるけど、僕は真逆のマインドです。

そういう人とは関係を持ちたくないです。

 

今までは啓発本にあるようにできる限り感謝しようと思いましたが、ベトナムに来てそういう人たちと関係を絶った今

明らかに以前より幸せです。

自己啓発本さん、あなた間違ってますよ。

 

自分のためにアドバイスをしてくれようとしてくれるのか、単に短所を指摘してるだけなのかは相手を見ればすぐわかるはずです。

それを無理に「感謝しなきゃ」とか「ありがたい」とか思わなきゃいけないんでしょうか・・・

無理して心を捻じ曲げる行為は単に心が病むだけだと思いますが・・。

 

極論を言うと誰かが大きなミスをしたとしても、(本人がそのミスに気付いている場合は)ミスを指摘する必要すらないんじゃないかと思います。

本人がわかっていることを他人がもう一度指摘したところで全く意味がありません。

 

僕が公務員を辞めたとき僕の前の部署の上司が

「お前に影響されて他の奴まで辞めたらかなわんから同僚とは連絡とるな。」

と言ってきました。

本当に嫌な気持ちになりました。

さらに、元同僚が仕事でベトナムにくることになったときもわざわざ僕に連絡をしてきて

「連絡取るなよ。ベトナムでも会うな。」

と言いました。

僕にも言い分はありましたが「はい。わかりました。」とだけ答えていました。

こんなことが退職してから3回ほどありました。

 

「はい。わかりました。」と素直に従っている相手に同じことを3度も言う神経が理解できません。

これって本人が重々承知しているミスを他人がもう一度ツッコむのと似ています。

 

3回って多すぎだぞ、こら(´・ω・`)

誘導ミサイルのようにしつこく、納豆のように粘着質。

そりゃ僕のような弱い人間は「はい。」と言いますよ。

彼だってそれをわかってたはず。

一回も言い返したことないんだから。

まあ、だからこそ言うんだろうなw

 

この一連の出来事に対して周りは

「彼は組織のために言ってるんだと思うよ。彼にも立場があるから。」

と言っていました。

 

「ちょ。まてよ。(キムタク風)」

なんかそれってミサイルを連発する北朝鮮にも北朝鮮なりの理由があるんだよ。

北にも立場があるんだから。みたいな感じで納得いきません。

全くWINWINの関係じゃないし。

ぼくにはぼくになりの正義があるし、本当は彼の都合まで考える必要もない。

以前はそこまで考えてしまっていたので人間関係に疲弊していたのかもしれません。

 

悲しいかな、同じ言葉だとしても、地位が上の人や影響力がある人が言うと正しさ2倍増しみたいになりますよね。

そしてそれに群がるイナゴもいる。

それは当たり前のことかもしれませんが、ただの指摘はクソムカつくぜ(*´Д`)

 

僕も偉くなってHOC無双してみたい。

俺スゲーしたい。

そんな夢を見つつ今日は逝くことにします。

 

でわでわ。今日はこの辺で。

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